米軍再編成計画(トランスフォーメーション)
海兵隊普天間航空基地問題関連
米軍再編成計画(トランスフォーメーション) は米国の国防政策の大変換を図るもので、米ソ冷戦時代からの大部隊の前方
展開、即応態勢を止め、実働部隊をハワイ、グワム、本土で待機させ、原子力潜水艦、長距離爆撃機および空母を中核とした機動部
隊で対象国の監視を強化監視衛星、無人偵察機、および各種インテリジェンス情報を分析し、非常事態には先制攻撃により対象国の
意図を無効化するものである。 沖縄の普天間基地問題はその流れの中の一齣である。
基本事項
米国の国防政策(QDR)(2006ー2010年) ブッシュ大統領、 ラムスフェルト国防長官特に、「対中国戦略の
基本」
膨大な兵力と巨大な兵器体系を配備して大部隊を世界各地に配備するのを止め、米国本土に待機させ、緊急時には、軽量化した少
数の特殊部隊を前方展開する。艦艇、潜水艦および長距離爆撃による即応体制を堅持する。現在の前方展開部隊による即応戦略は
重要であるが、受入側は重荷になり、また米国も負担が大きい。そのバランスが重要である。日本は長期にわり、米軍を手厚く受け入
れてくれた。
沖縄の海兵隊は周辺状況に対処し、前方展開、即応態勢にあり、この状況は再編成(トランスフォーメーション)後も維持される。
米国の国防政策(QDR)(2010ー2014年) オバマ大統領、ゲーツ国防長官 、「中国の軍備拡張に警鐘」、
「二正面作戦」の見直し」とイランの脅威を強調 、安全保障環境の変化に柔軟に対応する重要性を指摘、 前方展開の部隊をハ
ワイ、米本土に移駐させ、緊急事態に 応じて最新兵器体系による急速即で対処する基本方策を継承する。
経緯
1996年、在沖縄米軍基地の縮小問題を検討する「米軍施設および区域に関する特別行動委員会」(SACO)中間報告で、普天間飛行
場の返還が表明された。 但し、「十分な代替施設の完成後とし、同飛行場の重要な軍事上の機能と能力が維持され
ること」との条件がつけられた。
1999年、代替施設の受入を表明。同年11月、地元の名護市も受入を表明。
丁度この時期に「米軍のグローバルは再編成(トランスフォーメーション)計画」が発表された。
2005年、日米安全保障協議委員会で、「日米同盟、未来のための変革と再編」で、普天間飛行場の代替基地建設を決定。辺野古
岬と隣接する大浦湾と辺野古湾の水域の海上を埋立て(140ヘクタール)、1600メートル滑走路×2が計画され、普天間飛行場
から兵員軍属等3700名、ヘリコプター37機、各種固定翼機26機を配備する。キャンプ・ハンセンの第12海兵連隊(砲兵)の軽量
榴弾砲輸送用の最新垂直離発着機「オブスレイ)の配備も計画されている。
滑走路の方向について騒音問題に関連し、当初計画のL字型からV
字型に修正されるまで、長期間の論争で時間を空費した。
2006年、安全保障協議委員会(2プラス2)の合意文書「再編実施のための日米のロードマップ」 を決定。2014年までに、第3海兵機
動展開部隊の要員8000名とその家族をグワム島に移動する。移動対象部部隊は第3海兵師団司令部、第3海兵後方(支援)
群司令部、第1海兵航空団司令部、第12海兵連隊司令部とし、それらの対象部隊の現在の所在地は、普天間飛行場、キャン
プ・コートニー、キャンプ・ハンセン、キャンプ・フォスタ(瑞慶覧)、牧港補給基地で、嘉手納名空軍基地以南の海兵隊駐屯、駐在
地は全て返還の対象となる。
2010年1月、名護市市長選挙で、普天間飛行場の代替基地建設反対派が千数百票の僅差で勝利した。
沖縄の現状(海兵隊各部隊の配置、訓練場およびおよび普天間飛行場)
概要
海兵隊は三つの海兵隊遠征軍(IMEF)からなり、第三海兵隊遠征軍(VIMEF)がハワイと沖縄を管轄する。海兵隊遠征軍(IMEF)は海兵
地上部隊、海兵航空部隊および海兵兵站部隊からなり、海兵空地任務部隊(MAGTF)隊を編成して出動する。MAGTFはMEF(軍)、 MEB
(旅団)、 MEU(隊)の3レベルがある。 MEU(海兵遠征隊)は第11、13、15、22、24、26、31の七つの部隊がある。
沖縄には31MEUが配備されている(司令部はキャンプ・ハンセン)。この31MEUは
通常、固定した部隊編成は行なわず、状況に即応して
部隊の編合、編入を行う。 31MEU(海兵遠征隊)の通常の機動展開は、佐世保を母港とする強襲揚陸艦(エセックス)を含む輸送艦
に乗艦して出動する。岩国に移転したAV-8Bハリアー攻撃機(垂直離発着機)はエセックスに、および普天間飛行場の各種ヘリコプター
はそれぞれ輸送艦に搭載される。
配置図
嘉手納空軍基地も参考として掲示
下地島の民間パーロット訓練飛行場(滑走路3000メートル)、かって話題に上がったが、海兵隊配備の場所として
戦略、戦術の両面からして対象外となった。
グワム島の現状(参考)
普天間移転先候補地の考察
伊江島についての回想
昭和20年8月15日の敗戦の四日後、マニラ在の連合軍最高司令官マッカーサー大将の指示で、降伏文書の調印前の事務所処理のた
め、陸軍参謀本部次長の河辺虎四郎中将を長とする使節団が木更津発、マニラのニコルス飛行場に向かい、途中、沖縄の伊江島飛行
場に着陸、大型機に乗り換えてマニラに向け離陸した。
徳之島は前政権時代にも選択肢の一つとして浮上したが、海兵隊の総合運用上、対象外となった候補地で、今回も切羽詰まって、
泥縄式に急遽取り上げられ、非公式に普天間の代替基地の受入が打診されたが、徳之島町、天城町および伊仙町の三町長から拒否さ
れた。
空港の利用率が低いため、本年、4月からはジェット機の就航は中止され、双発の小型プロペラキが就航する。
徳之島は沖縄本島の北方200kmの場所にあり、人口27.000人。過疎化対策が最大の課題で、かって、核燃料再処理工場の建設およ
び自衛隊施設の誘致運動があった。 3月13日、鳩山総理の腹案として提示された.。その根拠は次の文書である。
昭和28年12月における米国統治下の徳之島を含む奄美群島の日本側えの返還に関する協定および覚書き。
「奄美群島に関する日本国と米国間の協定」
「奄美群島に関する日米外相級の覚書」 ジョン・M・アリソン米国特命全権大使からの書簡
「奄美群島およびその領水は日本本土と南西諸島のその他の島における米国の軍事施設との双方に近接しているため、極東の防衛
および安全と特異の関係を有する。日本国政府は、この特異の関係を認め、南西諸島のその他の島々の防衛を保全し、強化し、
および容易にするため米国が必要と認める要求を考慮に入れるものと了解される」。
1953年12月24日
ジョン・M・アリソン
岡崎勝男外相からの返信
「本大臣は、更に閣下が述べられたことを記録にとどめ、且つ、前記に掲げる了解が日本国政府の了解でもあることを閣下に対し、
通報する光栄を有する。
1953年12月24日
外務大臣 岡崎勝男
輸送ヘりコプターの換装計画
「オブスレイの配備計画」 米海兵隊副司令官 (1月14日、産経新聞)
垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ、今年後半配備の見通しを示す。
今年秋の計画を前倒しで7月に普天間に配備
この問題の解決を図る上で必要な基本的事項、即ち、日米安保に相互の役割、日本側の義務などを理解すること
が前提である。 一つの参考図書を紹介する。
考えられる解決策
前提条件(これが重要)
まず行なわなければならない事は、独立国家として一般国民の国防意識の確立を図り、最小不可欠な国防力(軍備)を充実
することである。 第二に、日米同盟を名実共に確立するため、憲法以前の国家存立の自然法である個別自衛権と集団自衛
権の中で凍結されてきた集団自衛権を容認し、また個別自衛権についてのも国際的見地から非常識な抑制と制限を排し、日
米間の責務を片務でなく双務の関係に進め、相互信頼関係を確立することである。
最後に、沖縄の占める位置が歴史的にも地理的にも国防の要衝を占めることを再確認し、海兵隊の撤退後も自衛隊の配備を
増強する必要性を沖縄県民に訴え、その理解と協力を得るため最大限の努力を傾注し、その負担を補遺するため地域振興の
特別措置のみでなく特別税制の法制化、および教育界、財政界の協力のもと進学および就職についての優遇措置を含む総合
的施策を策定することが緊要である。 このことは痛みを全国民で共有する点で極めて重要な要素である。
、
1.理想的な案 海兵隊の主力を全面撤去し、緊急時の海兵隊の展開基地として伊江島の代替飛行場を拡充、整備し、
ここに31UEM(海兵遠征隊司令部および管理部門を配置し、非常時の急速展開に備える)
2.現実的な第一案 現行案(キャンプ・シュワブ沖合いの埋立て)、その運用は日米合同とする。
3.第二案 伊江島への移転、現有海兵隊訓練場(滑走路を含め)基地機能を強化、拡充し、所要の施設設備を整
備すると共に、強襲揚陸艦等の係留港湾設備等を整備し、海兵隊の緊急輸送の便を図る。沖縄本島の
北部訓練場の一部は継続使用する。