No.13 北朝鮮の工作船および潜水艦  副題: 必死の覚悟の侵入に対処できるか 

その一

 1999年3月20日、米国防総省の警報メッセージが防衛庁情報本部に届いた。写真偵察衛星ビッグ・バー ドからの「北朝鮮のスパイ船二隻が日本に向けて航行中」の情報である。

 翌21日午後10時、美保通信所および新潟県の小船渡通信所で短波(HF)の短い怪電波をキャッチした。青森県の三沢の米空軍第6920電子保安群(ESG)および警察庁警備局の東京小平の「外外事技術調査官室」でもこの情報(K情報という)をキャッチした。通称「象のおり」と呼ばれる通信傍受センターは防衛庁で8ケ所、米軍で3ケ所で日夜怪電波を監視している

 23日、八戸基地から飛び立 った第2航空群のP3C哨戒機から不審船の発見の緊急報告が入る。「目標発見、日本国旗なし、但し一隻は船尾でなく中央マスとに日本国旗を掲げている。漁具はなし、不審な積載物を搭載している」と。

 二隻の不審船はその
船名の偽称、船体構造、行動様態からして北朝鮮の工作母船と断定された。
    

       3月23日、佐渡沖で発見された「第1大成西丸」              同じく、能登半島沖で発見された「第2大和丸

 護衛艦 と巡視船の追跡をかわし、イージス艦「みょうこう」および護衛艦「はるな」等の5インチ砲による警告射撃、P3C哨戒機からの150キロ爆弾四発の投下二回や巡視船の威嚇射撃にもかかわらず停船せづに 逃走した。

 追跡を断念したが工作船二隻の逃走先を探るため日本海上空を飛行中の航空自衛隊のE2C早期警戒管制機のレーダが二機のMiG‐21が防空識別圏に接近したきたことを探知した。この二機は領空侵犯するこ となく退去した。結局、工作船二隻は羅津港沖合いに達して行動を完了し、25頃には母港の清津に帰還 した模様である。

 この工作船は工作母船と呼ばれ、母船から分離する侵入用の子船は親船の格納庫の大きさの関係から 組立式になっている。子船は「五屯級船舶」と呼ばれる工作船で、漁船を模擬するマストやポールは随時取付け方式になっている。操舵室に屋根を付けることもできる。
 子船の大きさは全長9m、最大幅2.5m、深さ1mで、約2.4屯と推定され、エンジンは香港経由で搬入さ れたアメリカ製OMC(アウトボート・マリン・コーポレーション)の275馬力三基を搭載し、
最高磁束は50 ノット(93キロ)以上も出るという。

  

                              組立工作船(子船)(組立前)

強力な米国製エンジン三基搭載
 米国アウトボード・マリン・コーポレーション(OMC)社製の「コブラ(1987年式)」を三基搭載。一基の性能は、V型8気筒、260馬力、 排気量 5735CC、重量413kg。エンジンは水中排気方式。一基の価格は当時で約400万円。

   
                             
 水中スクーター 拡大図
                  
                        
アルミニウム製、全長1.5m、直径27cm、重量69kg


                                小船の組立て図

    船体上部構造は着脱式:レーダー搭載台は上下移動可能な油圧式。
    船体の軽量化:甲板は9mm、側板は6mm、船底は12mmのベニア板。補強用フレームを装着。
    高速用ディープV型構造:船首は鋭角、船底勾配角は24〜25度で、対波性能を重視。


    


1.工作母船の標準装備

 工作母船は約80〜100屯前後、長さ30メートル程度の鋼鉄製の船体で、エンジンは羅津15工場製造の 「ラシボ」と呼ばれる特殊エンジンで、1100馬力を四基装備し、最高速度は47ノット(87キロ)で、 レーダは100海里用と40海里用の二台を装備している。(但し、対日工作のためには巡視船は発砲しな いものとしていままでは無装備だったと言われる)


   二連装高射機関銃 二挺
   B10型無反動砲 一門
   7号発射管(RPG7対戦車ロケット砲) 三門
   大隊機関銃(7.72mmPPK軽機関銃) 一挺
   自動小銃(カラシニコフ突撃銃) 20挺
   タンク手榴弾、手榴弾、四角手榴弾など

2.子船の標準装備

   7号発射管(RPG7対戦車ロケット砲) 二門
   大隊機関銃(7.62mmPPK軽機関銃) 一挺
   自動小銃(AK47,AKM突撃銃 三挺
   TNT爆薬 30キロ(爆破用)
   上陸用ゴムボートまたは水中推進機(水中スクーター) 一基
   シュノーケル潜水具一式


3.対韓国用(日本に比べて侵入が困難なため)

(1) 「半潜水艇」工作船

 半潜水艇とは船内のタンクに海水を注入して船体の大部分を水没させ、水上レーダによる探知を避けるための秘密任務専用の艦艇である。水没したまま沿岸ギリギリまで接近し、工作員は泳いで上陸する。決死の覚悟を要する韓国への侵入に用いる。

全長:8.75m  幅:2.5m 全高:1.4m 排水量:5トン乗員:1名(他に数名の収容能力) 速力:水上、35ノット、水中、6ノット 後続距離:474マイル
          


(2) 「新型半潜水艇」

 1998年12月17日、韓国南部の沖合いで発見され、対馬沖で撃沈され、翌99年3月17日に150m の海底から引き上げられた半潜水艇は水上と潜水の両機能を備えた新型であった。水上速度は 最高40ノット(75キロ)、水深25mまで完全潜水可能であるが電池を搭載してないので、水中推進は不可能である。シュノーケルを装備。

 この新型の特徴の一つにスクリューに魚網がかからないようにするため上下移動式の「魚網 排除装置」が設置されている。
 標準武装としては携帯用対戦車ロケット砲RPG7が二門、場合により携帯用滞空ミサイルSAM7 も装備されると考えられる。船体爆破用爆薬17キロも保有している。この新型半潜水艇から鹵獲された各種装備は85種類、762点で、うち18種、70点が日本製であった。
          
 全長:12.8m 幅:2.95m 全高:1.3m 排水量:11トン 速力:水上、40ノット,水中、6ノット 後続距離:500マイル

    

           

                  
 正面                             エンジン

     
          左右に突出た潜水舵は折畳み式          米国マーキュリー社製の375馬力エンジンを三基搭載


(3) 搭載されていた日本製電子機器

   レーダ(FURUNO/1830)航海用
   GSPプロッター(FURONO/GP1830)位置確認用
   側深機(FURUNO/FCV561)水深測定用
   HF無線機(ICOM/IC725)遠距離通信用
   整圧機(ICOM/AH3)
   コンバーター(ALINCO/DP630)

 近年、こ半潜水艇の生産が増加しているので、対日工作母船の武装化と共に、半潜水艇および潜水艦の投入が 行なわれることは疑いない。

ちなみに、韓国で発見、捕獲または鹵獲されたものには次ぎのものがある。

 1997年9月、座礁して捕獲された「サオン」級(330屯)潜水艦
 1998年6月22日、東海岸沖合いで秋刀魚網に引かかって捕獲された「ユーゴ」 級(90屯)潜水艇
 このほか、1979年(初期型)、1983年(球状型)、1995年(改良型)、1999年 (新型)の四隻の半潜水艇を海底から引き揚げている。


     


    性能緒言
     排水量 275屯(水上)、330ト屯(水中)
     全長:34m,最大幅:3.8m,船体高:3.7m
     速度 7ノット(水上)、4ノット(水中)
     機関 ディーゼル・エンジン(1軸)、電動モーター(1軸)
     乗員 14名(士官二名)

 19969月18日、韓国東海岸の紅陵沖で発見された小型潜水艦は、当初はユーコスラヴィア製のプラスチック潜水艦と伝えられたが、これは北朝鮮が独自に開発した「サオン(鮫)級」(SSC)であることが判明した。このプロトタイプはソ連の小型潜水艦M-V(5)型と推定されるが、司令塔の形状などが異なり、北朝鮮が1980年代から建造を始めた国産潜水艦である。
 
 当初は533mmの魚雷発射管二本が装備され、また機雷敷設可能な攻撃型たったが、座礁した潜水艦は魚雷発射装置を取外して乗員のスペースを拡張し、潜水中に工作員が出入りできる潜入作戦専用に改造されていた。
 
 北朝鮮は現在この種の潜水艦を約25隻保有し、現在5隻を建造中という。この外、乗員50人と工作員30名が乗船可能な1.000屯級の建造を終え、実用試験中との情報もある。
 
 これらの潜入用潜水艦の指揮、運用を行なう人民偵察局海上所所属の潜水艦基地は次の通りである。
 第一基地 平安南道平原
 第二基地 南浦
 第三基地 威鏡南道楽園



工作員の出発に先立つ「忠誠の決意表明」の集い


 決 意
 「最悪の事態に直面するような状況に至った場合、私は偉大な首領さまと親愛なる指導者同志の高い 国家的権威を損なうことなく、革命組織の秘密を厳守し、私の政治的生命を永遠に輝かせるため、肉体 的生命を捧げることを誓います」。「首領さまが万寿無窮であられるようお祈りいたします。親愛なる 指導者同志が万寿無窮であられるようお祈りいたします」。

 このように拿捕される場合には自ら爆沈するという必死の覚悟で侵入する工作船に対処するには十分 な覚悟と完備した装備と特殊な訓練を要する。

(4) 必要な法規の整備と国民の理解、協力について

 かって、沖縄特別攻撃で、大多数の特攻機が沖縄到達前に十重二十重の米軍機の網にかかり撃墜 され、具体的な戦果は必ずしも十分ではなかったが、沖縄海域に達した特攻機が必死の態勢で突っ込ん でくる鬼神の如き姿に接した多数のアメリカ艦艇の乗組員が恐怖のあまり発狂したりノイローゼになっ た事実を思い起こせば、その特別攻撃類似の精神を踏襲している北鮮の工作船の決死の行動に対応する 巡視船および護衛艦の乗員の対応は極めて危険であり、まさに
「狂人に刃物」のたとえ通り、 恐ろしいことではある

 国民もこのような実態を承知し、この種の危険な事態に当たる巡視船や護衛艦の関係者に対して暖か い声援と激励の言葉を送って欲しいものである。そして
現場指揮官が状況の変化に即応し、安心してことに当たれるような関係法規の整備と態勢を整えるのが政府の責任であろう。喉もと過ぎれば熱さを忘れるようなことは許されない。

「補足説明」 

 今回の追跡の理由として、海上保安庁は二隻の不審船をあくまで日本漁船とし、不法操業の容疑で漁業法74条「船舶への検査や質問」に基づき停船を求めて立ち入り検査を行なおうとしたが、逃走したため、漁業法141条の「検査拒否や妨害」違反行為で不審船を追跡したのである。

 一般的に、この不審船事件は「領海侵犯」と見なされるが、国際法」の「領海および接続水域に関する条約」では、軍艦を含む「すべての国の船舶」は「沿岸国の平和、秩序または安全を害しない限り」停船、投錨を含む「無害航海権」が認められている。ただし、潜水艦だけは浮上して国旗を掲げることが義務づけられている。今回、日の丸を掲げている工作船は国際法上明白な侵犯容疑はなかったと」いう点に注意しなければならない。つまり、今回の不審船事件を「領海侵犯事件」と呼ぶのは法律的には正確ではない。

 しかし、実際には不審船は北朝鮮の工作船であることが明らかであり、海上保安庁は一般の保安官の立ち入りは危険と判断し、特殊警備隊を派遣したが、巡視船が工作船に強制接舷できなかったので活躍する機会がなかった。

 今回始めて海上警備行動が発令され、海上自衛隊の出番となったが、「艦橋への放水」、「船体への衝突」を禁止されたので成果を得ることができず、結局は高速での逃走を許してしまった。

 法治国として、このような場合に緊急対応できるような法制手続きを明確にしておかなかれば全て現行法に基づく後手後手の対応しかできないことになる。

非常立法、特に、「交戦規定」の制定の必要性を今程感じたことはない。



その二

 
 平成13年12月22、奄美大島西方海域の中国の排他的経済水域の東端海域内で爆沈した不審船はその船体構造、使用武器、乗員数、および自沈(推定)等から判断すると北朝鮮の多目的工作船(覚せい剤の搬入、対日工作員の潜入および回収、および海域調査を含む諜報活動等)とみられる

                        

 この発見、追跡および捕捉は前回と同様、先ず12月18日、米軍の偵察衛星からの情報に基づき、防衛庁の傍受通信所(今回は鹿児島県喜界島の施設)が不審電波を傍受し、同19日、海上自衛体隊の対潜哨戒機P3-Cによる警戒飛行を開始し、同21日、奄美大島北北西150キロの海域で不審船を発見した。防衛庁からの通報を受け、同22日、海上保安庁の航空機が不審船を発見、巡視船も不審船に追いつき、度重なる停船命令を無視して逃走(時速約10ノットの遅速で)した。不審船は逃走中、最大時速でも15ノットを越えず、明かに四基搭載している1100馬力エンジンの機関の一部が不調または故障していたものと推定される。この形式の不審船は全エンジンを駆動すると最高47ノット(87キロ)の速度を有するものとして知られている。
 

                       
 
 巡視船は規定に照らし、まずは威嚇射撃をこころみ、次に船体射撃を実施した。この際、不審船が出火して停船、間もなく消火した。巡視船二隻が臨検乗船のため不審船を挟み込んだ時点で、不審船が機銃およびロケット弾(二発)を発射して銃撃線となり、巡視船がこれに応じて船体射撃を行なっている間に二度の爆発音とともに不審船は沈没し、約15名の乗員が海中に投げ出されたという。
 12月23日、現場海域で三人の遺体を発見、収容、多数の浮上遺留品を回収した。 なお空海からの捜索を継続中である。

 今回の巡視船の対応および処置は海上保安庁法第20条2項「領海内で停船を命じても従わずに抵抗し、逃亡する場合は合理的に必要な範囲で武器を使用できる」に準拠したものといえよう。 
 
 いやむしろ、不審船の乗員の訓練を積んだ欺瞞および逆襲行為(中国の旗を振ったり、中国の漁民を模擬して拳を振り上げたり、停船にみせかけ、機を捕らえて急襲攻撃を行なったこと)に対する「正当防衛」というのが妥当であろう。一瞬の油断で爆沈の道ずれにされる危険さえあったのだ。

 今後、たとえ、領海外にあっても追跡の継続行為としての武器の使用を法制化することが必要である。




引き上げられた工作船、船名「長漁3705」、船尾の母港標識「石浦」船橋部分が破壊、脱落している。

                          

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