No.15  「死の商人」

 副題:現在はむしろ一国の基盤構造を構  
     築する国家防衛システムの提案者

 

 筆者の論説は硬過ぎるという御批判を戴いたので今回は私事の回想を含めながら主題に取り組んでみようと思う。 
 古い話になるが事の経緯のため暫時お許し頂きたい。昭和30年代の後半、防衛庁は近代的防空システムの導入を決定、これに対して米国のウエスティングハウス社、ヒューズ社、リットン社等の売込み競争が激烈に開始された。基本仕様は「レーダ・サイトに設置する国産三次元航空警戒管制レーダ(三菱電気)と連接し、レーダー情報をコンピュータ処理して邀撃緒言を自動算定し、邀撃機を目標に対して有利な攻撃位置に誘導する」というものであった。

 最終的に伊藤忠商事を仲介としたヒューズ社の
「半自動防空システム」(BADGE)が採用され、昭和39年、筆者はBADGE基幹要員として、防衛大学4、5、6期の若手幹部を引率するチーム・リーダの一人としてカリホールニア州ロスアンジェルス市郊外のヒューズ社電子部門に工場派遣され新システムの習得に明け暮れた思い出がある。日本のデジタル時代の創世期であった。
 

 仕事は金曜日の正午で終わるので、翌週月曜日の朝8時までのオフを利用して、中古車を駆使してあの広い大陸 を走り回ったものである。筆者にとっては昭和30年の第一回の留学に続く2回目機会であったが、1960年代の良きアメリカ時代の面影が随所に残っててる事を感じた。そして中古車の頑丈さと信頼性は依然として高く、全く故障しなかったのに感心した。中古車売り場に山積された廃車の山を見て現在ロシア人が感じているのと同じような思いをしたものだった。店頭の宣伝板に「Happy Choice」とあるのを「幸福の選択」ではなく「色々選べて幸せ一杯」と訳して納得したものだった。
 
 当時の我が国は国防機密ともいうべき邀撃計算の基本プログラムを作成する能力はなく、ヒューズ社に依頼しなければならない状態であった。そのギャップを埋めるため自前のコンピュータ・プログラムを作る頭脳集団「プログラム管理隊」がBADGEシステム要員の総合教育機関として最新鋭大型デジタル計算機(H-330B)二台を装備する第5校第3分校と同時に美保基地に編成、配置されたことは記憶に新しい。 (この電子計算機のメモリ容量は64kビット×2で、現在の常識から考えれば隔世の感がある)
 
 この導入準備期間中、国内にあってはシステム設置場所での電源の質と安定性、デジタル伝送のための通信システムの容量、通信速度、関係設備の大規模温度調節装置の水の質と供給能力等々、システム導入の基盤となる事項の徹底的な調査、分析、改修および新規構築等が行なわれた。
 
 このような国家防衛システムの売込みは米国企業により現在も世界の多くの国を対象に展開されている。筆者の長女の連れ合いはアメリカ人で、ニューヨークに本社を置く有数の「エレクトロニクス・システム会社」の國際市場調査部長を長年勤め、一ヶ月の半分は海外出張に追われている。彼の動きを見、話を聞くと、東京から離れた山陰の小さな町に住んでいても世界の動きの一部が見えてくる。彼は昨年は、イタリア、タイ、シンガポール、台湾、フィリピン、韓国、サウジアラビア等々を、また今年に入ってからは既にサウジアラビア、シンガポール、そして今はイスラエル、トルコ、韓国と息の休む間もない。
 
 今、これらの国々では35年前に我が国が採用したのと類似のしかも性能向上型の防空システムの導入またはシステムの更新におおわらわである。冷戦の終結=平和の図式が現実世界では全く通用しないことを如実に表している。これらの諸国は一部を除き、社会のインフラが未整備の国が少なくなく、特に、安定した電源とデジタル高速通信の専用通信回線の整備が不可欠で、中にはサイトへの進入道路、給水設備や送電ラインの構築まで要する場合もあり、要員の委託教育、訓練を含めそれらを包括した総合計画は膨大なプロジェクトにもなる。
 
 サウジアラビアに対する売込みはいわゆる正面装備の最新鋭戦闘機F‐16の追加契約とともにレーダ・サイトのレーダーそのものの新規換装、更新を含め米国の通信電子産業および兵器輸出業界に大きな利潤をもたらす。
 
 フィリピンも南支那海への中国の強引な進出に対して独立国家としての国家防衛のため昨年「軍近代化15年計画法」を可決し、1兆50000憶円の予算を計上した。
 
 中国の脅威と恫喝をひしひしと感じる台湾の各種の装備要望は多岐にわたり、その中でもイージス艦やP-3C対潜水哨戒機の導入、および最新式長距離捜索レーダの受注については台湾海峡の軍事の均衡を乱すとの米国政府の見解で保留されたと聞く。しかし150機装備した新鋭戦闘機F‐16用の改修キット、新型レーザ、ミサイル感知、妨害装置等を30〜40セット売却してその性能向上を行なうことになった。また一次保留された装備も中国の軍備増強がさらに進展すれば均衡保持のためいずれは採用されることになるので、そのフォロー・アップも欠かせないものがあろう。(ちなみに、我が国はP-3Cを100機有し、対潜水艦哨戒能力は世界最高である)。
 
 彼は数ヶ月毎に来日し、日米共同設計のF‐2支援戦闘機(戦闘爆撃機のこと)に関してはM社を通じ、また軍事偵察衛星(戦車を「特車」と呼ぶように「情報収集衛星」と呼ぶそうな)関連の衛星制御システムおよびデータ評価システムに関しS商社を通じて活動している。
 
 昔は武器商人は「死の商人」と蔑視されたが、彼は自分を「死の商人」などとは寸分も思っていない。直接対人殺傷兵器である銃、砲、地雷、戦車、ミサイル等の輸出はロシアや中国の得意の分野で、またアフリカ諸国や南米の国々に自動小銃、手榴弾や地雷を輸出するのはロシアと共に北朝鮮の仕事であり、これに対して米国は主として「一国の基盤構造の再構築を含めた包括的国家防衛システム」を提案しているのだと自らの役割の意義を自覚している。確かに高度なシステムを導入することによりその波及する範囲は広く、それが延いては一般の情報技術(IT)の進展の引金になることも予想される。(具体例:北朝鮮は南米のペルーには前のアラン・ガルシア大統領時代に自動小銃Ak‐47を10万挺、弾丸1000万発を売っている。このAk‐47はソ連のカラシニコフ自動小銃をライセンス生産しているもので、近接戦用で、弾丸はダムダム弾で殺傷力が高い。)
 
 ともあれ、この時間にも、米国の各種の業者が世界を股にかけて各国政府に自社のシステムの売込み提案書を提示し、相互に競合して受注を争っている。ダイナミックにそしてポジティブに。
 米国経済の活気の一端を垣間見る思いがする。

 我が国は世界で稀有な「非核三原則」と「武器の輸出禁止」の閣議決定および国会決議を平和国家日本の象徴として掲げ、国家として世界に誇るべき理念を有している。しかしその反面、武器輸出國の米国、ロシア、英国、フランスおよび中国のように軍需産業およびその関連分野の活性化が国の経済に大きく寄与するという面を自ら放棄していることを再認識し、21世紀の展望として民需用の科学技術、特に、エレクトロニクス、光通信、レーザー、人工衛星を含めた宇宙技術、そしてバイオ・テクノロジー、さらには環境保全技術およびその設備、装置等の開発を促進、助勢して、兵器の輸出に代わるそれら最先端製品の輸出を増進し、経済の活性化の重要な柱にしなければならない。
 この場合注意しなければならないことは、このような最先端の民間技術の軍事転用をいかに抑制するかにある。さらには武器の輸出や軍備拡張に狂奔する国々に対する政府ODA予算の配分の見直しを英知と決断を持って断行することが政府の努めであろう。

 最後に、国家百年の計のため、青少年の道徳・宗教(感)教育と共に、学校教育の場における物理、生物、化学および数学の重要性を見直すことが焦眉の急である。

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