この論説は境港ライオンズクラブ「会報2月号」の"正論、主張、提案、意見"に掲載されたものである。

「情報技術(IT),戦略なき国家,日本」   副題:これでいいのか日本                                 

  政府は2000年11月27日「IT戦略会議・IT戦略本部合同会議」を開催し、「5年以内に世界最先端のIT国家を目指す」とした「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(IT基本戦略」)を決定した。新年早々、六日、この基本法の施行を受けて「戦略本部」が発足し、具体的な行動計画を盛り込んだ「IT国家戦略」を新たに策定するための作業が進められる。

 この基本戦略は「知識創発型社会」の実現を目指し、「必要な制度改革や施策を五年間で緊急・集中的に実行するには、国家戦略を構築して国民全体で構想を共有することが重要」と強調し、その重点政策として次の事項を掲げた。

 1. 少なくとも三千万世帯が高速インターネット網、一千万世帯が超高速インターネット網に常時接続可能な環   境の整備。

 2. 一年以内にすべての国民が極めて安価にインターネットに常時接続することを可能とする。

 3. 通信事業の展開に関する各種の規制を競争促進の方向で大幅に見直しを進め、事前規制を透明なルール   に基づく事後チェック型行政に改める。

 4. 光ファイバー敷設へ資源の公正な利用を促進するため明確なルールを設定する。

 5. 電子商取引の市場規模について、2003年に1998年の約10倍になるとの予測を大幅に上回ることを目指。

 6. 電子政府の実現に向け、文書の電子化、ぺーパレス化、情報ネットワークを通した情報共有・活用への業    務改革を重点的に推進し、2003年度には電子情報と紙情報を同等に扱う行政を実現する。

 7. 2005年のインターネット個人普及率の予測値の60%を大幅に上回ることを目指す。

 8. IT関連の修士、博士号」取得者を増加させ、2005年までに約三万人の優秀な外国人人材を受け入れ、米    国水準を上回る高度なIT技術者・究者を確保する、という。 しかし、これが本当に国家  戦略と云えるのだろうか。

 回想すれば、1990年、NTTが2015年までに全家庭に光ファイバー網を敷設するという「ファイバーツー・ザ・ドア-」(新高度情報通信サービス:VI&P)構想を打上げてから4年後の1994年8月に始めて政府は村山首相を本部長とする「高度情報通信社会推進本部」を設置した。これより先、同年5月に郵政大臣の諮問機関である電気通信審議会は「2010年までに全国の家庭に光ファイバーを張るよう」提言した。 

 だがNTTが着々と光ファイバー路線を構築し、同時に従来の電話回線を利用する「総合サービス・デジタル通信網(ISDN)および非対称デジタル加入者ライン(ADSL)の接続を行ない、また1990年にNTTが世界に先駆けて開発した次世代ATM(非対称転送モード)デジタル交換機を用いる「広帯域総合デジタル通信網(B-ISDN)」の開設準備を進めてきたのに対して、政府はなんら具体的な総合計画を打ち出すこもせず、問題を先送りしてきたのであった。しかも、その間、アメリカの強圧に屈してアメリカの恐れるNTTの弱体化を進めてきたのだった。そして昨年夏の「沖縄サミット」における森総理の断固たる決意で急遽クローズアップされ、昨今の大騒ぎになったのである。 

アメリカにおける情報技術基盤整備の推移

 1991年12月、上院議員アル・ゴアが提案した高性能コンピューティング法「高性能コンピューティング・コミュニケーション(HPCC)]が承認された。その目標は「次世代の高性能コンピュータやネットワークの開発を加速し、同時にそれらリソースを連邦政府やアメリカ経済全体が活用することを推進する」と明確に定義されている。 より具体的には、

 1) 高性能のコンピュータとコンピュータ・コミュニケーション分野でアメリカの技術的リーダーシップを拡大する。

 2) 革新のペースをあげ、アメリカの経済的な競争力、安全保障、教育、保健医療や地球規模の環境を改善す   べく技術を広範囲に応用する。

 3) 全米情報スーパー・ハイウエイ構想(NII)実現のための基本技術を用意し、いくつかのNIIを応用した課題を    実証してみせる、ことである。

 1992年発足したクリントン政権は副大統領にゴア氏を迎え、早速、情報基盤整備(インフラ)を政策の目玉とし「全米情報ハイウエイ」(NII)計画を策定した。これはすでに成熟の度を高めているインターネットを思いきって民間の手に渡し、民間の活力でさらなる発展を図り、同時にNIIを目指した次世代の中核技術をHPCC計画で開発するというインターネット、NII HPCCの明確な関係を設定したものである。

 これは1990年日本のNTTが打上げた構想と最先端技術に驚愕し、早速対応したもので、そしてそれが今度は逆に日本に増幅されて撥ね返され、NTTの構想発表後4年、そしてアメリカのNII計画発表の2年後に始めて日本政府は事の重要性を認識したのであった。

 きたるべき知識集約経済社会において、知識と情報の開放は個人の創意、工夫、創造性を刺激し、すべての人に生涯、学ぶ機会を保証する。それは超高齢化社会を活力あるものにする不可欠のインフラストラクチャである。さらにはベンチャー企業を生み出し、企業活動を活性化する原動力となるものである。即ち、透明、公正な基盤での競争原理が始めて活きてくるのである。さらに我が国では憲法に明記されている「主権在民」を真の意味で確立するためにも、国民に判断のための官公庁、大企業、銀行、保険会社等が秘匿するデータや情報が適切に開陳される制度を確立しなければならない。

 アメリカのホワイトハウスが発表する文書はインターネットで日々入手できるのに対して、日本ではあらゆる分野において情報を囲い込み、それにより権威を保持する体制、風土(よらしむべし、知らしむべからず)が引き継がれてきたが、それはもはや許されない状況になっている。 ネット・サーフィンして見ると、アメリカの強さが情報を国民が共有し、徹底した規制の撤廃と合いまって、公正、平等な自由競争の経済社会を構築していることが分かる。

 日米の情報ハイウエイの構想の相違点

 アメリカの構想は冷戦体制崩壊後の世界秩序を模索する新思考に基づく国家戦略の一環であるということである。即ち、冷戦体制後の新しい世界は、核兵器による地球規模の大量殺戮から開放された世界であり、規制緩和の下でのハイテク産業を基盤とする激しい経済競争の世界である。同時に、地域的な民族紛争、文化的摩擦、地域格差、途上国の人口急増、環境の悪化などの問題解決に積極的な役割を果たすことが求められている。アメリカの情報スーパーハイウエイは深刻化する問題を解決する手段として構築されるものである。即ち、「全世界のあらゆる面でアメリカが真先に対応して行動を起こしそれによりリーダーシップを維持する」ことにある。

 アメリカにおけるITの進展の経緯と現状は次の通りである。

第1期:1984年、AT&T(米国電話&電信会社)の分割(マザー・ベルと6つのベビー・ベル)により通信事業の競争          原理を大幅に導入

第2期:1996年、新電気通信法を制定し、通信と放送の相互参入を助勢、「Free For All」

第3期:現在〜、IT利用による実質的な価値追求に関心が移り、手法として、生産性の向上 、産学連携の充実、          教育改革に重点を指向している。

 アメリカは競争原理の有効性に強い確信を持ち、企業が創造的な改革に努力する基盤を整え、それを社会全般の知的情報の生産性の向上に結びつけるという明確な国家戦略を策定している。 

 他方、日本での情報技術とは、土木主体のこれまでのばら撒き型公共事業に代わる、新しい公共的な事業としての光ファイバー網の建設であり、製造業の不況脱出策としてのマルチメディアという性格が強かった。即ち、冷戦体制後の新思考というよりも、姿を変えたかっての列島改造計画の焼き直しの趣があった。今、日本に求められているのは情報技術を道具として活用し、日本自体の組織、構造の大改造および高度知識情報化社会への大転換という視点である。

 インターネットやマルチメディアに対する関心が高まってきた現在、日本は知識と情報に関する技術の本質を理解し、それを手段として社会制度、構造、体制を見直し、新しい国家、社会のグランドデザインをして改革を断行しなければならないのである。

 今回発表された「IT基本戦略」は基盤整備の進展段階の目標設定に主眼がおかれ、その重大な欠落事項は、ITを道具として活用することにより国家、社会の基本的な枠ぐみを変え、そのためには国民全員を含めて意識の改革、発想の転換を求め、21世紀に向けて世界に対し、特にアジアにおける日本の役割を策定し、その実現のための新たな展望を開くと共に、その前提要件として官公庁、大手企業、特に金融機関の情報の全面的公開および経済、電気通信分野の諸規制の撤廃という国家戦略の基本がが見当たらないことである。ここで誤解のないよう申し添えるが、「環境」、「食品」、「医療」その他、国民の健康に関する分野の規制については逆に厳しさが求められる。

 さらにいう、何事もアメリカを模倣し、追従するのでなく、日本は世界に誇るべき各種の製造技術(匠のわざを含め)を保有していることを改めて認識し、情報技術(IT)を道具としてその生産性、効率性および収益性をさらに高め、液晶パネルやカラー・フィルターと同様に世界における絶対的優位を確保することを掲げるのが国家戦略というものである。

 

 

 

 

 

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